ニエレレ・デーにニエレレの家に行く!それも2軒も!!

 10月に入って雨がよく降る毎日だったけれど、本日14日ニエレレ・デーの祝日はピカピカの晴天となった。初代タンザニア大統領で、Mwalimu(ムワリム=先生)、国父とも呼ばれ、今も多くの国民に慕われているニエレレの14回目の命日なのである。

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ニエレレ記念館


 ダルエスサラームのマゴメニ地区のニエレレが昔住んでいた家がニエレレを記念する博物館となり、公開されているという話をきいて、夫とタンザニア人のMさんとともに行ってみた。
 住宅地(向かいはバーだったけど…)の一角にある博物館は、こじんまりとした家だった。ちゃんとニエレレ記念館※という表示もあり、タンザニアカラ―(緑、黄、黒)で飾られていた。ラッキーなことに昨日と本日は入場無料の大サービス中。おまけに10時ころからンゴマ(太鼓とダンス)も見られるという。

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若き日のニエレレ(記念館の案内より)


 9時ころ着いたら、まだ他の来場者はいず、ムトワラの天然資源観光大学のインターンできているというSくんが、つきっきりで解説してくれた。ニエレレ一家はここに1959年に8カ月ほど住んでいたという。ニエレレがそれまで勤めていた中学教員の退職金で土地を買い、家を建てたとか。その後、自治政府の首相に選ばれたため、政府の宿舎に引っ越すことになり、ここを後にしたのだそうだ。

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Sくんとラジオ


 すっきりとした(あまり物のない)室内には、当時使っていた物が置かれている。ニエレレがニュースを聴いたというでかいラジオとか、妻のママ・マリアが使ったミシンや炭のアイロンなど。

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 ママ・マリアの使っていたバッグとか、寝室に置いてあったパナソニックのカセットラジオとか、本当に当時のものなんだろうか???と思いたくなるようなものも。水洗トイレも昔のままだと言ってたけど????ありえなさそうだよ。

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 でも簡素な生活ぶりがうかがえて、親しみがわく感じがする。ここで仲間が集まってタンガニーカ独立へ向けての話し合いが行われていたのかしらなどと想像をたくましくしてどきどきしたり。

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 10時ころからにぎやかで元気のいいンゴマが始まり、だんだんと来場者も増えてきた。

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 若者や子どもたちが多いのが頼もしいな。熱心にメモを取っている青年もいた。

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 ニエレレが亡くなるまで住んでいたムササニの家もある。今も家族が住んでいるから中に入ったりはできないだろうとニエレレ記念館の人は言っていた。でもまあ、お天気もいいし、ともかく行ってみようと。

 近づいてみると、門の内側には、列を作っている大勢の人々がいるではないか。何気なくわたしたちも入っていくと、関係者のような青年に「カリブニ(ようこそ)」と言われ、列の後ろに並んだのだった。列を作っているのは子どもや若者たち、ガールスカウト、ボーイスカウト、それに道着を着た人たちが多かったので、ふりのお客ではないだろう。わたしたちは、ふらっと来た外国人なれど、「ようこそ」と言われても、あなたたちは誰ですか?とは関係者にも訊かれない。いい加減…もとい、おおらかで、うれしいね。

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 しばらく進むと二人の男女が立っていて、列の人々は順番に挨拶しながら握手をするのだった。女性のほうはニエレレの娘のアンナさんなのだって。お父さんとそっくり。

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 マゴメニの家とは違い、広大な敷地の家だ。白い壁に赤い屋根の家は海のすぐ近くに建っている。敷き詰められた芝生が太陽の光にきらきら反射してまぶしい。と、思うと畑になっている場所もあり、スピナチと思われる青菜や激辛のピリピリンブジというトウガラシなどが育っていた。家の一角にも畑をという、これもニエレレの遺産なのかもしれない。

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邸内のピリピリンブジ゙の畑


 広場を囲むようにして人々は集まった。テレビや新聞の取材もたくさん入っている。広場にはアンナさんや、ニエレレ研究所の代表者、本日の司会者、駐タンザニア・イラン大使、イスラームの導師やアングリカン教会の牧師さんなどが座った。なぜほかの国の大使がいないのにイラン大使だけがいたのかは謎だけど、ムスリムとクリスチャンの代表が両方集うのは、「平和と統一の維持、寛容の精神」を大切にしたニエレレを偲ぶのにふさわしい。

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アンナさんたち


 若者代表など幾人かが「ムワリム・ニエレレのもたらした平和の大切さ」などというスピーチをしているけど、集まった200人ほどの人々の中には、熱心に聞く人もいたけど、おしゃべりしたり、木陰に集まったり、それぞれが好きなことをしてすごしているのもタンザニアらしいなと思った。

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 道着を着ている子どもや青年たちがたくさん集まっているのが謎で、今も謎なんだけど、代表者のスピーチでは「ムワリム・ニエレレのおかげでわたしたちは今も武道に精進できる」というようなことを言っていたよ。
 彼らは、空手、少林寺拳法、テコンドーをやっている人たちの集まりで、のちにデモンストレーションを披露してくれた。(柔道と合気道がいなかったのが残念)

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 娘のアンナさんのスピーチは声が届かず、よく聞こえなくて残念だった。マイクを用意してくれればよかったのに。

 家の周り1周ツアーがあった。裏庭にあるマリア像の前では、記念写真を撮るために、なかなかどかない人続出。参加者は、夫とわたしとイラン大使以外は、全員タンザニア人だったと思われる。カメラ付きの携帯やスマートフォン、デジカメを持つ人が増えてきた。

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 裏庭に面したテラスで、ニエレレの息子のジョンさんがラジオを聴いていた。(お邪魔してます)ニエレレもこんな風に海風に吹かれながらラジオを聴いてたんだろうか。

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 超ラッキーに2軒とも中にも入れたニエレレお家ツアー、日頃の行いがいいからだろうか。それともニエレレ・デーの「特別」がわたしたちにも降り注いだのか?

 ニエレレを直接知らない世代がこれからだんだん増えてくる。けれど「平和と寛容」を大切にする精神はぜひ受け継いでいってほしい。



※ニエレレ記念館
「Makumbusho ya Kumbukizi ya Nyumba ya Mwalimu Julius Kambarage Nyerere」
Magomeni Ifunda通り No.62
・開館時間 9:00~15:30 毎日
・入場料(大人)外国人$5、タンザニア人Tsh500 
・電話 +255-22-2170236/2864258


☆ムベヤ編も(寄り道するかもしれないけど、)まだ続きます!!
 
  

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この記事へのコメント

Karanga
2013年10月16日 13:45
昨日折角のニエレレ・デー、関連イベントに参加したく探していましたが、ロータリー・ダル・マラソン以外にこんな無料でお得なイベントがあったとは。ずっと家にこもってイリンガのスタジアムでのムウェンゲ・マラソン最終日の生放送やニエレレの演説、ニュースでそのイベントの報道を観ているだけでした。オンデマンドで聴けるという演説映像、回線が遅いからか理由は分かりませんがPCで再生できず(泣)。TBCでずっと放送されていた1997年の南ア議会での演説、マンデラ含め会場全体が笑いに沸き、爽快でこちらまで嬉しくなりました。

どんなンゴマだったか気になります。ブティアマ、マラ州のだったり...?

イラン大使だけが招待を受けたとは思えないですが、たまたま時間があるのがイラン大使だけだったのでしょうか...興味深いですね。

マゴメニ宅~ムササニ宅はそれぞれで移動、という感じでしたでしょうか。テレビでの報道では「Matembezi」となっていたので、よく分からずで...^^;

普段の入場料も他博物館より安く、外国人にとっても行きやすいですね。普段も色々行事を行ったら結構な収益になるだろうにとおもってしまいました。
aya
2013年10月18日 04:29
以前のasamiさんのニエレレデーの記事で、おお!私の誕生日!とうれしかったのでよく覚えています☆
まだ14回目の命日、歴史を作った方の命日がほんの14年前だなんて、なんだか不思議な感じです。

娘さんがお客様にあいさつしてたり、息子さんが素な感じでラジオを聴いてるのがいいですね。ほんとに普通にここで家族で暮らしてたんだなーって感じで。
asami
2013年10月19日 23:13
Karangaさん、

南ア議会でのムワリム・ニエレレの演説は、ニエレレ記念館におかれたテレビからも流れてましたよ。DVDかと思ってたら、その日の番組だったんですね。

ンゴマはマコンデのようでした。聞き覚えのあるリズムで踊ってましたよ。

マゴメニからムササニに移動したのはわたしたちだけでしょう。ムササニの家に来てた人はどこかから行進してきたみたいですね。ニエレレデーの記念の行進?

ニエレレ記念館の説明書きの多くは、スワヒリ語のみだったので、タンザニア人の来場者を意識しているんだろうなと思いました。でも、タンザニアの歴史を知りたい外国人が訪れてもおもしろいと思います。
asami
2013年10月19日 23:16
ayaさん

そうそ、10月14日はaya's birthedeyなんですよね!おめでとうございます☆

大邸宅ではあるけれど、なにか温かみの感じられるおうちだった気がします。ニエレレのいた時代も家族が仲良く、くらしていたんでしょうね。。。