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zoom RSS ヘンドリック・リランガ、インタビュー☆NHKラジオジャパンの書き起こし☆後半☆

<<   作成日時 : 2018/11/06 20:55  

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 ヘンドリック・リランガが来日中にNHKラジオジャパンのスワヒリ語放送で6月4日に受けたインタビューの書き起こしの後半です(個人で録音して書き起こししていますので、文責はこちらにあります)。後半ではどうやったらヘンドリック作品が買えるかがわかります!?

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Galleryアソビバにて:写真提供、座・高円寺:撮影、梁丞佑さん


      


☆ヘンドリック・リランガ インタビュー 後半
                                       
A:アナウンサー/L:ヘンドリック・リランガ

 
A:あなたはここ日本にいて、個展をやっています。展覧会を通して感じたほかの国と日本人のちがっていることは何でしょうか。

L:日本ですね、まず驚いたのは、多くの人がスワヒリ語をよく知っていることです。※4なので、どこよりもよく説明することが可能でした。もっと知りたいなら、彼らはスワヒリ語で尋ねることができるからです。言葉が分かり合えないほかの場所とは違います。

A:解説する時間は充分とれたのですか。

L:より明確にするために。そうです、わたしの展覧会では最初から、28日にわたしがここに到着してから、昨日に至るまでたくさんの解説をしてきました。

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解説するヘンドリック、堺町画廊にて


A:あなたはリランガの作品を受け継ぐたった一人の画家なのですか。つまり、ほかのお祖父さんの子どもたちも多分、試みたでしょうけれど、あなたの今の到達点には至らなかったのでしょうか。

L:その通りです。

A:どうやってこの地点まで到達したのですか。

L:最初に後押ししてくれたことは、祖父がわたしのために多くの力を割いてくれたということだと思います。そして祖父の思いは、必ずわたしを祖父が望むところまで行かせるということでした。ほかに思うことは、これを続けていかなければどうなるだろうということです。祖父の思いは潰えるでしょう。でも違うと言います。わたしのすることは祖父からの贈り物のようなものです。それを準備してくれた人は、その芸術を人々によりよく知らせるためにまだ闘っているし、言葉を伝えようとしてるのです。だからわたしの今の仕事は、よく説明し、みなさんにわかっていただくことです。

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ヘンドリック・リランガ作品
「先週警察に捕まってからふさいじゃって食欲のない子どもに、父が食べ物を買ってやっている」
ゴートスキン画


A:あなたはどのように準備していますか。後継者に継承するということを。

L:試みています。祖父がわたしに継がせようとしたのは、祖父が60代のときでしたから…。わたしの力でやってみたのですが、継がせようと試みた多くの人は変わってしまって、のちに、ほかの道に行ってしまいました。なので、可能でしょうが、まだ現れていません。でも後継者が現れると信じています。まだ信じています。まだ時間は残っているので、探し続けます。祖父のような歳になっても現れなかったらあきらめることができるでしょう。

A:でも、最後には現れますね。

L:ええ、現れます。

A:あなたの仕事で直面している課題はなんですか。

L:わたしが直面している課題は、よりみなさんにわかってもらうことだけです。

A:作品の販売はどうしているのですか。

L:販売ですか。以前は画廊にたくさん卸していました。売れたら何パーセントという契約をしていました。でも、今は、やめました。自宅に自分の工房を開いたからです。そして、アトリエも家にあります。なので、ソーシャルネットワークを使って、自分の居場所などを知らせているだけです。ツアー会社や企業などに、わたしが何者であるか自己紹介し、知ってもらおうとしています。もし彼らが必要ならわたしがどこにいるかを。なので、今はすべてを自宅で行っています。自分のオフィスのようなものです。

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タンザニアのアトリエで制作するヘンドリック


A:それなら、あなたがダルエスサラームの自宅にいて、わたしがここ日本にいたとします。日本にいる誰かが買いたくなったらどうしたらいいのですか。

L:買えますよ。それがわたしの今、行っているビジネスです。たとえば、セネガル、南アフリカ、ヨーロッパでさえも、することは、どの作品を欲しいのかという合意です。
作品ができ上ったら、まず、ソーシャルネットワークにアップし、すべての事を知らせます。価格は秘密のようなものなので、そこに載せることができませんが。必要な人とは、直接コンタクトを取り合います。


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ヘンドリック・リランガ作品「きれいな水を飲む」木版画


A:
では、最後に、あなたのような画家の皆さんや、あなたのファンの皆さんにメッセージをお願いします。

L:まず、ファンの皆さん、わたしをとてもサポートしてくださって感謝しています。変わったほうがいいのかという時があったのだけど、ファンの方々は、いいえ、あなたの道はこれでなければ、と言ってくれました。そして次に、画家の皆さんには、いつも一つの事にこだわるなと、また、もう作家になってしまったら物事を学べないかというと、違うんだと、より良い芸術にするためにほかの事を学ぶ機会はあるのだよと伝えたいです。

A:ラジオジャパンの私たちのスタジオにお越しくださってヘンドリック・リランガさん、どうもありがとうございました。

L:ありがとう。

(終わりです。読んでくださってありがとうございました)

(表記がある以外は写真は自前です)

<訳注>

※1 「木を見て森を見ず」というか、短期間の滞在ではこういう「勘違い」も起きるものですね。ヘンドリックいわく、韓国に彼が展覧会で行ったときには全くスワヒリ語を話す人に会わなかったそうです。また、今回は大阪でプール学院同窓会館、京都では同志社中学校で催しがあったのですが、ヘンドリックは日本には多くのクリスチャンがいるとやはり「勘違い」してました。(韓国では全くクリスチャンに会わなかったとか。。)



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ヘンドリック・リランガ作品「笑いながらおしゃべり、友だちだからさ!」エナメル画2015


 
Mahojiano ya Hendrick Lilanga kupitia NHK World Radio Japan Swahili,
4th June2018/Sehemu ya pili


A=Mtangazazi wa NHK
L=Hendrick Lilanga

A: Uko hapa Japani kufanya maonyesho.Umeonaje mutikio wa watu wa Japani tofauti na nchi ziyingine ambazo umepita kufanya maonyesho.

L: Japani, kitu cha kwanza nilichokishangaa kwanza wengi wanajua sana lugha ya Kiswahili. Kwa hiyo hata nimefafanua zaidi kuliko popote. Kwa sababu wao wanataka kujua tena wanauliza kwa lugha ya Kiswahili. Tofauti na sehemu nyingine lugha hazielewani.

A:
Na ukapata muda viuri zaidi kwa ufafanulia.

L: Kwa ufafanua zaidi. Ndio maana maonyesho yangu kwanzia mwanzo nilipofika hapa tarehe 28, nimefafanua sana mpaka jana kufafanua tu.

A: Wewe ni msanii pekee kabisa ambaye umefanikia kuendelea sanaa ya michoro ya Lilanga.
Maana kuna watoto pengine wa mzee mnyewe walijaribu lakini hawakuwahi kufikia kiwango ambacho wewe sasahivi umefikia?

L: Kabisa.

A: Umewezaje kufika hapa?

L: Nafikiri kitu kilichonisukuma cha kwanza, Niliona mzee alitumia nguvu nyingi sana kuniandaa. Halafu mawazo yake yalikuwa lazima nifike anavyotaka yeye iwe. Halafu sasa kingine nikafikiria, kama mimi nitakuwa siendelee na hiki kitu, itakuwaje? Kwamba mawazo ya mzee yatakuwa kwamba yameisha.Lakini mimi nikasema hapana. Nitafanya kama zawadi pia kwake. Kwamba yule mtu aliyomandaa bado ataendelea kupambana na kutranslate hii sanaa ili watu wajue zaidi. Na ndiyo kazi yangu sasa hivi kufafanua zaidi.

A: Na wewe umeandaje pengine kurithisha?

L: Najaribu, najaribu kwa sababu kama ukimangalia babu wamekuja kuritisha alikuwa miaka sitini na .. Sasa mimi nimejaribu kwa uwezo wangu lakini wengi wamekuwa wakibadilika baadaye uko uendako. Kwa hiyo inawezekana bado hajaja, lakini na imani nitapata tu ambaye anaweza kuja kunirithi bado nina imani kwa sababu umri bado upo unaendelea tu siyo ule miaka kama ya babu ilikuwa mingi, unaweza ukakata tamaa kwamba hajatokea.

A: Lakini hatimaye ukatokea?

L: Nikatokea ee.

A: Na changamoto gani unakutana nazo katika kazi?

L: Changamoto ninazokuta nazo ni hizi kufafanua tu zaidi. Basi.

A: Unafanyaje mauzo ya kazi zako?

L: Nnn mauzo.. kwa zamani ilikuwa na supply sana kwenye gallerys, tunafanya mikataba ikiuzowa kwa percent flani, lakini sasahivi nimeauma niache, kwa sababu nimefungua workshop yangu mimi mnyewe nyumbani. Halafu na studio yangu nyumbani. Kwa hiyo ninatumia mitandao tu wa kijamii kujifafanua niko wapi wapi wapi na kama hizi tours kampuni, ninajaribu kujipenyeza kule kujielezea mimi nani, kama mkinihitaji niko wapi. Kwa hiyo sasahivi ninafanya kila kitu nyumbani kwangu na kila kitu nimefanya hapo. Ni kama ofici yangu sasa.

A: Kwa hiyo sasa tuseme upo nyumbani pale Dar es Salaam, na mimi niko hapa Japani. Mtu yoyote mko Japani anataka kununua anafanya nini?

L: Inawezekana. Kwa sababu hizo biashara ninafanya sana. Kama Senegali, South Africa, hata Ulaya, kitu pale ninachokuwa ni makubaliano kwamba sanaa ipi. Kwa sababu sanaa yaung ikiisha cha kwanza, naiweka kwenye mitandao wa kijamii naelezea kila kitu, halafu ile bei inakuwa ni kama siri siwezi kuibandika pale. Sasa mtu anavyohitaji tunaenda sasa tunacontact mimi na yeye.

A: Na mwisho kabisa, sasa kwa kufunga kumalizia una maoni gani kwa wasanii wengine wakazi kama zako na mashabiki zako?

L: Kwanza nashukuru kwa mashabiki zangu wananisupport sana. Kwa sababu kuna kipindi nataka uanibadilike wao wamesema hapana lazima njia yako ni hii. Halafu pili wasanii wengine najaribu mimi kwa shauri sana wasiwaze kwa jambo moja kila wakati na washifanye kwamba wao wameshakuwa wasanii haweji kujifunza kitu, hapana, wao wana nafasi
pia kujifunza vingine ili kuongezea kwenye sanaa yao ili iwe nzuri zaidi.

A: Shukuran sana Bwana Hendrick Lilanga na karibu sana katika studio zetu za Radio Japani.

L: Ahsante.


(Mwisho)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ヘンドリックさんの東京での展覧会に行かせていただきました。幸運にも彼本人にも道端で会い、片言のスワヒリ語でご挨拶と簡単な感想を話したら、、、確かにすごく嬉しそうに日本はスワヒリ語を話す人が多いなぁって言ってました!!それを在日12年の私のタンザニア人パートナーに話すと苦笑いしてました。
やはりタンザニアが好きな方が彼の作品を知っている場合が多いのもあるのでしょうね。日本滞在を楽しんでいただいて良かったです。またの来日楽しみにしています。
punda
2018/11/10 08:25
pundaさん
ヘンドリック・リランガ展に来てくださってありがとうございます。
コメントもありがとうございます。
ヘンドリックはスワヒリ語を話す日本人にたくさん巡り合えて、ラッキーだったということですね。
おかげさまで充実した日々がすごせたようです。Ahsante sana!!今後ともよろしくお願いします
asami
2018/11/12 23:16

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