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zoom RSS 一方通行じゃない旅☆ヤウミの日本訪問

<<   作成日時 : 2018/11/18 21:39   >>

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 『一方通行の旅に終わらせたくない』というのは、JATAツアーズのモットーである。

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1998年のアレックスとグビの日本訪問


 そして、JATAツアーズのタンザニア人スタッフのヤウミは今、来日中である。

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新幹線に乗ったヤウミ


 タンザニア農村滞在のオルタナティブツアー(AT)を続けるために1998年に始めたJATAツアーズは、ダルエスサラームにある旅行会社である。実はその前の1986年にATは始まったので、もうかれこれ30年以上の歴史を持つ。

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1987年のAT、ルカニ村にて


 普通の日本人と普通のタンザニア人をつなげたいというのがこのツアーの目的だ。タンザニアの農村に4泊して、農村の空気をたっぷり吸いこみ、同じ釜の飯を食べ、村人たちに混ぜてもらって、過ごす、というのがこのツアー。観光客としてではなく、お互いに尊重しあえる友人として受け入れあえないだろうかという願いを持って。

 『一方通行の旅にしたくない』というのは、日本人がタンザニアの農村に行くだけでなく、農村で受け入れたタンザニア人に日本にも来てもらおうという、ことである。そのための資金を毎年のツアー料金のごく一部で積み立ててもらっている。

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2012年のAT、キンゴルウィラ村の小学校にて


 まだ日本人がタンザニアに行くよりも、タンザニア人が日本に来ることのほうが資金、手続きなどで何倍もたいへんなので、しょっちゅう行き来ができるわけではないけれど、ATが始まって以来、JATAツアーズの社員でもあり、キリマンジャロ州のルカニ村とモロゴロ州のキンゴルウィラ村のそれぞれの出身でATのホストを務めたアレックスとグビが最初に日本訪問したのが、1989年のこと、ATでそれぞれの村を訪れた方たちと再会を果たし、日本の彼らの暮らしを知ったのだった。その後2002年にも再訪している。

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1989年訪日時のアレックス(手前)とグビ


 ルカニ村のコーヒー生産者で元小学校の校長先生のキマロさんは2010年に来日。アレックスは2014年に再再訪。ルカニ村コーヒーの紹介も日本で行った。

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キマロさん訪日


 2013年に他界したグビさんの後を継ぐキンゴルウィラ村のハミシが2015年に来日。(そのときの日本滞在記はこちらに>「ハミシが観た日本-SAFARI YA JAPANI」

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生協の配達体験をするハミシ


 そして今年、やはりキンゴルウィラ村出身のJATAスタッフ、ヤウミが日本に来たのである。
 ヤウミは2002年からJATAツアーズで働いている。もうかれこれ16年選手で、今年36歳になった。今では5歳の女の子と2歳の男の子のお父さんだ。来月、12月に3番目の子どもが生まれるという。

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2007年のATでキンゴルウィラ村に同行したヤウミ


 ヤウミはケニアには行ったことがあるそうだが、アフリカ大陸から出るのは初めて。今月10日に成田に着き、13日に関西に移動し、19日、明日、関空からの帰国便に乗る予定。

 東京では今年のAT参加者の日本の大学生と東京散策、東京駅周辺、浅草寺やスカイツリーなどを巡り、鶏だしのラーメンも味わったそうだ。大学生もヤウミとの再会を楽しみにしてくれていて「お互いさま」の旅となった。

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東京駅前でヤウミと大学生の友野さん


 その晩は、86歳になるわたしの母の誕生会にも参加。お刺身にもトライ。
 
 地域のデイケアセンター見学にも快く受け入れていただき、タンザニアとのお年寄りの施設はどんなかということについて、センターのスタッフからの質問にも答えていた。身寄りのないお年寄りが暮らす場所はあるけれど、デイケアのような施設はまだないと。まだまだ若者人口が多く、家族が多いタンザニアと日本の違いは大きいけれど、デイケアのシステムはいいなあと施設の写真も撮らせてもらっていた。みなさんの前でのヤウミが自己紹介のときには、笑顔と拍手をいただいた。その中の男性がヤウミに手を差し出し、握手しながら「がんばれよ」と声をかけてきたのには、なんとも微笑んでしまった。初の海外からのお客さんということで、スタッフの方たちと記念撮影も。
 
 NHK国際放送のラジオのスワヒリ語放送のインタビューも受け、ATの話もした。12月9日放送予定だそうだ。

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NHKにて、アナウンサーやスタッフの方と


 東京では電車移動が主だったので、「ダラダラ(乗り合いバス)はないのか?」と訊かれた。その後、日本のバスにも乗った。でも日本のバスにはダラダラのような呼び込みもするコンダクターはいないもんね。
 交通系ICカードの利用には「停電になったらどうするのか」という心配もしていた。ダルエスサラームの高速バスも電子改札だけど、停電になると、乗客は無料で乗車できてしまうという。
 
 日本滞在3日目の時に「日本にはwahuniはいないのか」と言っていた。wahuniとはこの場合、スワヒリ語で不良というか、崩れた感じの人を指していたのだと思う。皆、身なりがしっかりしている人に見えたのかな。関西にはわたしは同行しなかったけど、その後、日本のwahuniにヤウミは会っただろうか。

 関西では、マイチケット社にお世話になり、中学校や大学を訪問したり、生協の配達を手伝ったり、釜ヶ崎に行ったり、しているらしい。ATに今まで参加した方々とも再会したことだろう。昨日はNGOスタディツアー合同説明会にも参加していたはず。タンザニアの、ATの魅力を伝えただろうか。

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東京にて。色づいた銀杏とヤウミ


 訪れたひとつひとつの駅名まで、きちんとメモしていたヤウミ。タンザニアに帰国してからの報告が楽しみだ。どんなことを吸収して帰ってくれるんだろうか。そして、ヤウミと出会った日本の方々もきっといろいろと感じてくださったことだろう。やはり顔と顔を合わせることができるのはすばらしいこと。受け入れてくださった方々に感謝。
 




 ATを始めたのは今は亡き夫の根本利通で、きっかけは下記に詳しいので、ご覧いただければ。
ダルエスサラーム通信―オルタナティブツアー・タンザニアの原点

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