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zoom RSS 耳のごちそう/Chakula cha Masikio☆フクウェ・ザウォセの10年忌

<<   作成日時 : 2013/12/31 20:33   >>

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 タンザニアの誇る民族音楽の巨匠、七色の声を持ち、素晴らしい伝統楽器の製作者でもあり、奏者でもあったコミカルなおじさんフクウェ・ザウォセが旅立ってから昨日12月30日でちょうど10年経った。

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ザウォセTシャツを着たフクウェ・ザウォセの娘ペンド


 10年忌の催しをバガモヨのフクウェ・ザウォセの住んでいた家で行うというので、夫とともに行って来た。
 前日の29日の晩から太鼓を鳴らして踊りがはじまり、それは翌朝まで続くのだという。
これは前日から参加するっきゃないね!とジャタツアーズ製作ガイドブックの取材も兼ねて29日の午前中からバガモヨに乗り込んだのだった。

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ザウォセ家の庭

 
 29日のお昼の12時ころにザウォセ家に立ち寄るとフクウェ・ザウォセの息子の音楽家(たくさんいる子どもたちはだいたいほどんどが音楽家)のムサフィリが午後2時から音楽が始まるから、2時には来いという。それはないだろうと少しサバ読んで午後4時にザウォセ家に戻ると、女たちは食器を洗ってたり、髪結いをしてたり、全然始まる気配の気の字もないのだった。。。。。。。。

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フクゥエ・ザウォセの娘ンデークワ

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髪結い中


 ドドマのフクウェ・ザウォセの出身の村やその近隣村から来る村の音楽グループの到着の遅れや、兄弟姉妹など関係者はたくさんいるのに、全体を仕切るひとがいないグダグダさなどザウォセ家らしさを十分発揮してくれて、ちょっとしびれを切らしたけれど、十分暗くなってからなんとなく始まったのだった。家の裏にある特設ステージで、普段着でのルーカスとダニーによるイリンバとゼゼのアンサンブルに始まり、その後、子どもたちのとっても生き生きとしたムヘメ(股の間に太鼓をたたいて踊り歌うゴゴ民族の女性の伝統ダンス)などがあり、だんだんと盛り上がりを見せてきた。

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ルーカス&ダニー

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子どものムヘメ


 タブ、エステリ、ペンド、ンデークワ、サラなどザウォセの娘たちによるまさに脂の乗った踊りは迫力満点だった。「今日は足が痛くて、踊れないわ」なんて言ってたタブも一旦太鼓が鳴りはじめると満面の笑顔で動きもとても軽やか。楽しそうなんである。すっかりアフリカン・ママ体型になったペンドなんて、見るからに体が重そうなのに、踊っているときの動きの切れはすばらしく、鮮やかで見惚れてしまうほど。
 まさに彼らは、音楽がChakula=ごはん=エネルギー源なのだなと思った。
 そして見ているほうもエネルギーが湧いてくる感じ。

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タブたちによるムヘメ。わたしの下手な写真では迫力を伝えきれず…
写真をクリックすると大きめのが見られます


 ザウォセの一族の民族音楽グループCHIBITEのメンバーでもある彼らは日本公演に行ったこともある。タブやエステリはもう30代半ばだけれど、ますます円熟してきたようだ。より多くの人にこの興奮や感動を味わってもらえたらいいなと思うのだった。

 行政の規制で夜中の12時には音楽をストップしなければいけないとはじめる前には言ってたけれど、暗くなってから到着したドドマ組とともに朝までずっと踊り続けたそうだからすごいよね。(わたしたちは午後11時ころ退散)

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ドドマチームが太鼓で到着を知らせる


 翌日は牧師さんがやってきて、お墓に十字架を置くセレモニーが行われた。(これも8時開始の予定が1時間ほど遅れて始まった)フクウェ・ザウォセのお墓と2004年に亡くなったフクウェの甥で、フクウェとともに海外公演にも参加していた嘱望された音楽家だったチャールス・ザウォセ(わたしのイリンバの師匠でもあった。まだ34歳だった)のお墓にはもう十字架が立てられている。今回は、118歳で他界したというフクウェの父のウビ(ンドノという楽器の名手であった:十字架は洗礼名のミカエルになっていたけど…)と2008年と2009年に亡くなった子どもたちのお墓に十字架を立てる儀式であった。

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お墓に向かう人々

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 フクウェ・ザウォセとチャールスのお墓にも花が飾られた。

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 牧師さんによるお話のあとには、ドドマの音楽グループによる歌と太鼓を挟んで、フクウェ・ザウォセの思い出が何人かの人々によって語られたのだった。

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 その後の音楽タイムには、日本人参加者たちにも半ば強制的?に出番がまわってきて、
タブのイリンバの教え子であるわたしとYさんは、タブの後ろで、ゴゴ語の歌「ハリコチジェンデ―(戻っておいでよ)」をコーラス。YZさんはゼゼを師匠のダハニと披露し、Mさんは沖縄の言葉で歌を歌うなど、しっかり参加したのだった。
 
 ドドマの女性グループによる元祖ムヘメの披露もあり、20分近い熱演に目が離せなかった。踊ってないときには少し疲れた感じの村のおばさんという雰囲気の女性たちが、太鼓を手にするとがぜん生き生きして輝いてくるのである。音楽の力ってすごいなあとあらためて思った。今からでも修業を積んだら間に合うかしら。。。。

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 フクウェさんやチャールス、ウビじいさん、それにお墓はドドマにあるアンドレアたち、音楽の先人(チャールスとアンドレアは先人というにはあまりに早すぎたけど)たちの跡をCHIBITEたちはたどっていくのだね。先人がいればこその彼らなのだ。そして先人たちにとっても音楽は「ごはん」だったのであろう。
 わたしや夫もたくさんお世話になった先人たちに感謝し、その跡を行く者たちに、これからもわたしたちに「耳のごちそう」を食べさせてくださいねと願うのだった。

 今年一年お世話になりました。世界は混迷の中にあるようですが、希望を見出していきたいです。まだまだいろいろ人生修業中ですが、来る年もよろしくお願いします。


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