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zoom RSS 17年ぶり!キリマンジャロのルカニ村

<<   作成日時 : 2016/11/20 16:40   >>

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 今年は小雨季が来るのが遅れているという。でも、わたしたちは曇り空とともにルカニ村に到着したみたいで、空は乳白色のかすんだ色合いだった。近くにそびえているはずのキリマンジャロ山も重なる雲に隠れてしまっていた。

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ルカニ村・2016


 標高1,500mを超えるキリマンジャロ山の中腹にあるルカニ村。村に来るのはなんと17年ぶりだ。ルカニ村は、夫と共通の友人であり、ジャタツアーズを始めた仲間でもあるアレックスの故郷。毎年、オルタナティブツアーで日本のお客さんを受け入れている村でもある。
 
 わたしは今まで3回、ルカニ村に滞在したことがある。最初は1994年の12月、まだ4歳の息子と1歳で歩けるようになったばかりの娘と、当時ダルエスサラームに住んでいた若き日本人女性二人も一緒だった。アレックス夫妻も一緒だったので、上げ膳据え膳で、バナナ料理などおいしい村の幸をいただいて、嬉しい毎日。村を散歩したり、集まってくる子どもたちを冷やかしたり、アレックス夫妻のご両親や知り合いの家にお邪魔したり、山の澄んだ空気をたっぷり吸ってのんびり過ごした。

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娘を抱いたアレックス夫妻(向かって左と真ん中)・1994

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アレックスの知り合いのお家で・1994


 その次は1995年の10月の複数政党制に復帰したタンザニア最初の総選挙の直前だ。なにせ初めての選挙なので、どんなことが起こるか予想がつかなかった。普段平和なダルエスサラームでも、ひょっとして?ということもあるかもしれずと、夫は残して、子どもたちを連れて「疎開」したんである。結局、ダルエスサラームでは特に何事もなく選挙は終わったのだけど。

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アレックス夫人のご両親と・1995


 その時は、アレックスの村の家に泊めてもらい、自分で料理洗濯掃除をした。2歳と5歳になってた子どもたちは、村の子たちと朝から晩まで我が子たちが遊びまくってた。帰ってきたときには全身ドロドロ状態になってて、洗濯も大変。水も近所の共同水道から汲んでこなければならなかったし、、あとで足に魚の目ができちゃったりもした。

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村の子どもたちと・1995


 でも、すぐ隣に住んでいるアレックスのお母さんのアパティキシさんが、搾りたてのミルクや、とれたての卵を分けてくれた。そのミルクと卵で作ったパンケーキのおいしかったこと!コーヒー収穫や牛や山羊や鶏の世話、離れたところにあるトウモロコシ畑も見なければならないし、薪の確保などでも忙しいのに、こちらのことを、いろいろ気にかけてくれて、とてもありがたかった。アパティキシさんが、自分の畑で収穫したコーヒー豆をフライパンで炒って、小さな臼と杵で砕いて淹れてくれたコーヒーは、村の澄んだ空気とブレンドされて、味わい深かった。まだ村には電気も来てなかった。夜は満点の星の下、涼しい空気に包まれてぐっすり眠った。

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アパティキシさんの家のお庭で・1995


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アレックスの家族。一番右がアパティキシさん・1995


 3回目は、病気で臥せっていたアパティキシさんのお見舞いに行った1999年の4月。アレックスやその妹たちと一緒だった私と子どもたちの来訪をアパティキシさんは「よく来たね」と笑顔で迎えてくれたのに、その月の終わりに天に召されてしまった。ガンだったのだそうだ。66歳だった。早すぎるお迎えだった。

 それから17年、長いことご無沙汰してしまったけど、ルカニ村は変わっただろうか、変わってないだろうか。


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