タンザニア徒然草

アクセスカウンタ

zoom RSS 「ステキなへそ曲がり」を「偲ぶ会」

<<   作成日時 : 2017/06/09 10:31   >>

ナイス ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 0

 ありがたいことに、日本でも夫、根本利通を「偲ぶ会」をしようと言ってくださる方たちがいて、先週の土曜日の6月3日にそれは開かれた。

画像

 
 「タンザニアを愛した根本利通の軌跡」というちょっとキザなタイトルとなって。

 会場となっている東京は品川のホールに受け付け開始時間前に着いたのだけど、もう受付の机がズラーっといくつも並んでいた。京都大学関係者を中心とする「偲ぶ会」の実行委員の方々が忙しそうに動いている。
 なんと参加者は350人を超える見通しというので、とてもびっくり。そんなにたくさんの方々が来てくださるのか。

画像


 いらした方たちにお渡ししようと、来年の日本での個展を予定しているヘンドリック・リランガの絵葉書を2枚ずつ用意したのだけど、300組しか作らなかった。それだけあれば十分足りて余裕があるだろうと思っていたのだ。

 
画像
画像


 ホールの夫の遺影のそばには、ダルエスサラームのバオバブ会(婦人会)有志の方々からのお花も飾られていた。

画像


画面には中学生時代からの夫の写真がスライド形式で映し出されている。

画像
飾りつけを整えるマイチケットの山田さんと藤原さん


 北海道から九州まで全国各地から来てくださった方々の中には、20年以上ぶりに会う方もいたし、お名前は知っていても初めてお目にかかった方もいた。

画像


 会の司会は伊谷原一さんが務めてくださった。黙祷のあと、11人の方たちがスピーチをしてくださった。

 中学・高校で5年間同じクラスだったという田中さんは歴史オタクで突然競馬の話をしたりする変わったやつで運動はからきしだったけど、一緒に組んだテニスのペアで、強いチームと接戦になったこともあったという話をユーモアを交えてしてくださった。

 大学の同窓会が京都の喫茶店で開かれていて、そこからなんとスカイプ中継。4人の同窓生が画面いっぱいに語り、迫力があった。広告業界で仕事をしていたという鈴置さんのつけた夫のキャッチコピーは「ステキなへそ曲がり」。
かなりツボを得ている。

 反アパルトヘイト運動の仲間の下垣さんは、夫の学生時代からずっと一緒にやってきたことなどや夫の書き続けてきた機関誌への文章のことなど。

 市川東高校時代の同僚の白鳥先生は、当時の写真をいっぱい用意してくださった。わたしの知らない時代の夫(女子生徒にも慕われていた?)を垣間見れてうれしかった。教え子の方たちも何人も来てくださっていたようだ。

画像


 ダルエスサラーム大学留学時代、タンザニアがまだ社会主義政権だったときに自分と夫が西側からのスパイか??と勘違いされてたかもしれないという話をおもしろおかしくしてくださった同時期に留学していた木村さん。

 わたしたちの結婚や子どもができた時にたいへんお世話になった聞谷さんは、夫がタンザニアの在留許可を取ろうとしたときに入国管理局が火事になったしまい、振り出しに戻った話やタンザニア生まれの日本人の子どもたちのエピソードなどを語ってくださった。

 30年にもわたる長いお付き合いをしてきた研究者の栗田さんは、ダルエスサラームで何度も食事を共にしたこと。最近はそれぞれが老後どこに住もうかと語り合ったことなどを。

 マイチケットの山田さんはこれまでの夫の一方通行ではない、お互いに学びあうというオルタナティブツアーへの揺るがぬ理念とそれをこれからにつなげていくことについて。

 京大の院生ときにタンザニアに調査に来て、根本にいろいろ助言(小言?)をうけたという今は大学で教員をしている加藤さん。でも、そのことが自分のタンザニアとの付き合い方に影響を与えていると。

画像


 元タンザニア大使の中川さんは、赴任前に夫の著書を読んだことや一緒に旅行に行ったことなどを。夫の笑顔の写真も用意してくださった。

 そして最後に夫とわたしの仲人(?)として元反アパルトヘイト行動委員会の楠原さんが登場し、「コシシケレリ・アフリカ(神よ、アフリカに祝福あれ)」を会場の人々とともに歌ったのだった。コシシケレリ・根本利通と。
 
 スピーカーの方たちはお話の準備などでお手間をおかけしたことと思う。けれど、それぞれの方が皆、夫のその時代のありし日の姿をとても生き生きと描いてくださった。2時間半という時間の間にその生きざまが現れたように思えた。ありがたかった。

 偏屈で曲がったことが嫌いでという彼の生き方は生涯を貫いていたのだなと思った。毒舌家でもあるれど、面倒見がよいひとだったと。やるべきこと、やりたいことを見つけるとそれを実現しようとする底力を出すひとだったと。

前回のブログでも触れたけれど、夫がライフワークと言っていた「インド洋西海域史」を書き残すことができなかったことが、残念でならなかった。でも、この「偲ぶ会」に参加する前や参加している間に今まで関わってくることのできた日本やタンザニアの方々のことを思い、いろいろ考えた。

反アパルトヘイト運動に関わったのも、教師をしたのも、ジャタツアーズを始めたのも、差別のない世界をめざしながら、人々や文化の交流により、新しいつながりや地平をつくっていきたいということなのではないか。それが、インド洋の季節風によってつながり、文化や民族が交じり合ってきた海の歴史と重なりあうのではないかと思えてきた。 もしかして彼自身の生き方が「海がつなぐ歴史」だったのかもしれないと。ライフワークとしてそれができたのだとしたら、と思うと、救われる気持になった。



当日参加してくださった方々お一人お一人にご挨拶をする時間がなかったのが心残りだけれど、いらしてくださったみなさん、スピーチをしてくださったみなさん、ほんとうにありがとうございました。

また来られずとも気持ちを飛ばしてくださった方々にも感謝です。

実行委員会のみなさん、たいへんお世話になりました。Ahsanteni sana。

「ステキなへそ曲がり」はインド洋を自由に航海しながら会場をも覗いていたことでしょう。きっと。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 11
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
トリップアドバイザー
タンザニア観光ホテル口コミ情報
「ステキなへそ曲がり」を「偲ぶ会」 タンザニア徒然草/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる