タンザニア徒然草

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zoom RSS 終わらないそのあと

<<   作成日時 : 2018/01/28 11:45   >>

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 夫の夢を見た。

 夫はめったに夢に出てきてくれない。今まで片手に満たないほどしか出てきていない。

 今朝、目覚めるまで見ていた夢は、こんなふうだ。

 夫とわたしはオフィスにいて、そこからどこかに出かけようとしている。わたしが支度に手間取って(トイレに行ったりとかいろいろあるのさ)、夫を待たせている。わたしは夫が先にいってしまわないようにと気にして急いでいる。日付は2017年の2月22日。わたしは、夫があと二日で逝ってしまうことを知っている。そんな切なすぎる夢。夫に教えるべきかとちらりと考えたりもしていたけれど、もちろん、そんなことできるはずもない。あと二日しかないんだよ(夫のやりたい歴史の本を書くということは二日ではとても遂げられないことなので、そんな残酷なことは告げられない)。でも、夫もわたしもなぜか楽しそうだった。残りの日々を充実させたいと思っていたのか。

 目覚めてからしばらく涙がとまらず。

 実際にはわたしは昨年の1月19日には義父の入院で日本に来ていて、夫はタンザニアにいたので、それから亡くなるまでの間、夫には会っていない。

 2018年の今、わたしはまだ寒い日本にいて、関西に行って打ち合わせをしたり、ヘンドリック・リランガ展の準備をしたりしている。

 先日、たまたまテレビをつけたら市川海老蔵さんが「(妻が)亡くなった当初よりも今のほうが悲しい」とインタビビューに答えていた。そのことばがすとんと響いた。親愛なる人の不在を毎日感じていれば、そうなるさとうなずいていた。

 また別の日には、ガンで亡くなったわたしと同年代の方が残された家族に「おかげで充実した人生だった。ありがとう」と伝えたという話を聞き、その方のつよさに感服するとともに、うらやましく思った。わたしももうすこし長く生きた夫にそう言ってほしかったんだと思う。


 知人に連れて行ってもらった(みなさん、やさしくしてくださって感謝している)赤目温泉の宿の入り口には、映画『赤目四十八瀧心中未遂』の完成試写会で出演者や映画監督が酒樽を割っている写真が飾ってあった。宿の人が写真を指差して「これは寺島しのぶさん、そして内田裕也さん」などと説明してくれる。そして「荒戸監督、この方は亡くなりました」と言う。わたしが「車谷長吉さんの小説が原作ですよね」と言うと「そうです。亡くなりましたね」と言うのだ。その作品と作者が亡くなったということにどういう関係があるのか?いきているもんとなくなったもんの境界をひきたいのか。赤目は異界の入り口なのか?などと詮無いことを瞬時に思った。

 友人が谷川俊太郎さんの『悼む詩』という詩集を贈ってくれた。「ゆかりある人々へ捧ぐ哀悼詩集」だそうだ。寺山修司さん、草野心平さん、岸田今日子さんなど、逝ってしまったひとがおおきく浮かび、残されたものの思いと切なさと覚悟でつつまれ、送り出される。でもどこに?
 長く生きれば生きるほど多くの親しい人々を見送らなければならないということ。それはしあわせなことなんだろうかどうだろうか。

「すべてが終わったと知ったあとにも終わらないそのあとがある」
谷川俊太郎『そのあと』より



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
切ないもどかしい夢でしたね。麻美さんの揺れ動く気持ちが伝わり、また利通さんの無念が伝わり、しばし黙祷。
谷川さんの詩的な言葉の真意は私にはよくわからないのだけれど、映画や小説では必ず終わりがあるけれど、現実の生きていく世界は自分が死ぬまで続くんだよね。淡々とした日常を生きること。
mj
2018/01/31 15:32
mjさん

コメントをありがとうございます。気持ちを汲み取ってくださって感謝です。
谷川さんのこの詩は「そのあとがある/ 世界に そして/ひとりひとりの心に」で終わります。
たぶん逝ってしまった人は残された人の心の中にいるということかなと思いました。そして「そのあと」を生きてゆくのですね。
asami
2018/02/01 21:50

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